【法律に一文を加える取り組み】第2回 Social Action School 【イベントレポート】

こんにちは、Social Change Agent養成プログラム1期生の鎌田です。
7月2日に開催されたSocial Change Agent養成プログラムの第2回講義についてレポートさせていただきます。

今回の講師は、NPO法人しあわせなみだの代表中野宏美さんです。中野さんは「2047年までに性暴力をゼロにする」ことをミッションに活動されており、その大きな一歩として性犯罪に関する刑法改正に至りました。

中野さんの講演は、熱い想いあり!冷静な作戦あり!温かいメッセージあり!の3拍子揃った、とても勇気づけられる講演でした。ソーシャルワーカーに求められる「熱い想いと冷静な頭脳」とは中野さんのことであると思ってしまうほどです。私自身、社会福祉士として女性支援に携わっておりますが、日々感じる支援現場の疑問に背を向けず、小さなアクションから始めたいと思いました。それでは、最後までお付き合いいただけると幸いです。


1.何をどう変えたいか、言えますか?

あなたは社会福祉に関する法律で、具体的に何の法律をどのように変えたいと思いますか?

その「変えたい!」想いを、愚痴や不満でなく、「こういう風に変えたい!」と具体的に言葉にできますか?

その言葉は相手を共感させることができますか?

中野さんの講演は、問いかけからはじまりました。実際に受講生同士でお互いの想いを話し合いましたが、具体的なビジョンを描いて説明できた人は何人いたでしょうか。私自身、日頃「ここが問題だ」「こんな支援があったらいいのにな」と考えることはありますが、それを取り巻く法律や制度的枠組みの詳細を把握していないことに気づかされました。中野さんの問いは、受講者の皆さんにとって「問題の背景をわかっているか?」を再確認させられる問いだったと思います。

中野さんは「強姦罪とならない性暴力がある日本の刑法を改正すること」に焦点を当てました。

2.ソーシャルワークとは

中野さんにとってソーシャルワークとは「人権擁護のための社会改革」だということです。社会福祉とはもともと法律の外や狭間にいる人への人権擁護という視点ではじまっています。ソーシャルアクションを志す皆さんはこの視点を持っていると思いますが、実際はアクションする自信と勇気があと一歩必要です。「発信したら批判されるかも…」「自分の言ってることは間違っているかも…」という不安もありますが、まずやってみることから始まります。今日やらないことは明日もやらない。明日やらないことはいつまでもやらない。だからこそ、小さいアクションを今日起こすことが大事です。

また仲間という点では、その問題に対する知識を求める人が少なくありませんが、「同じ志」を持ち、ビジョンが共有できていることが遥かに大事です。実際に中野さんが刑法改正の運動をした際も、「同じ志」を共有する仲間と協力しています。一緒にアクションする仲間を見つけるためにも、冒頭の問いかけの答えを伝えられるようにする必要があります。

自分の想いを他者に伝え納得してもらうこと、これは想像以上に難しいことだと思います。私自身、アウトプットに苦手意識があるため、これは日々練習していかなければならないと感じます。

3.中野さんのこれまで

中野さんは大学で社会福祉士を取得した後大学院に進み、民間企業に勤めた後、社会福祉協議会や区役所で非常勤の仕事をされています。現在は非常勤で勤めつつNPO法人しあわせなみだの運営を行なっておられます。アクションするに当たりNPO一本に絞らず、別の仕事で生活の基盤を持ちながら活動をするという方法は、これからアクションする皆さんのロールモデルに成りうるかもしれません。

中野さんが活動をはじめるきっかけとなった出来事が大きくわけて3つあります。まず社会福祉士の実習で児童養護施設や母子生活支援施設に行き、DVや暴力の被害者が身を隠しながら生活しなければならない現実に衝撃を受けたこと。次に友人がDVの被害に遭ったとき、何もできなかった自分に腹がたったこと。そして、湯浅誠氏や駒崎弘樹氏のような社会企業家の活躍が目立つようになり、自分もできることをしたいと思ったこと。これらが中野さんの身の回りで起こり、社会の課題と自分の身近な課題が重なったことで一歩踏み出さなければいけないと感じたそうです。

4.福祉と性暴力

では、中野さんが性暴力を福祉の枠組みで捉えるのは何故でしょうか。中野さんは、性暴力と福祉は非常に密接な関わりがあるのだと言います。福祉の利用者の中には性暴力経験者が潜在化しており、その方の主課題の背景に性暴力があることが多々あります。例えば、不登校になった背景に電車での痴漢被害があった・働けなくなり生活保護を受けている人の背景に夫からのDV被害があった、などです。また、もしあなたが性暴力を受け助けが必要になった場合、あなたを保護し支援するのは福祉なのです。性暴力の支援には警察・病院・保健所・司法・学校・市区役所・福祉施設など、いろいろな機関の協力・連携が必要です。これはソーシャルワークですよね。しかし現状、性暴力は「刑法=犯罪」の見方が支配的で、支援にあるべきソーシャルワークの視点が欠けています。支援機関同士で連携がなく、性暴力の詳細を何回も説明しなければならなかったり、たらいまわしのようにいろいろな機関に行かされたり、自分に必要な支援を受けられなかったりしたら、嫌ですよね?だからこそ、性暴力を福祉の視点で取り組む必要があるのです。

NPO法人しあわせなみだは2009年に活動開始、2011年にNPO法人格を取得した団体です。「2047年までに性暴力(=本人が望まなかった性的出来事)をゼロにする」をビジョンに掲げています。柱となる事業として1)Cheering Tears:性暴力等に遭った方を応援する事業 2)Beautiful Tears:美容の力を利用したエンパワメント 3)Revolutionary Tears:社会への啓発や情報提供 の3つを運営しています。Cheering Tearsの事業の1つ、サイレント・ティアーはインターネットで性暴力関連の言葉を検索すると支援機関の相談窓口へつながる広告を出すものですが、これはSocial Change Agencyの過去の講演会で生まれたアイディアだそうです。一つひとつの縁が活動を生み出していることがよくわかります。事業の詳細については、このレポートでは割愛しますので、NPO法人しあわせなみだのホームページ(http://shiawasenamida.org/)をご覧ください。

5.ソーシャルアクションの事例~刑法性犯罪改正に向けた活動~

中野さんのソーシャルアクションは刑法改正でしたが、法律改正に焦点を当てたソーシャルアクションは、どのような変化をもたらすことができるでしょうか。法律を変えることは、日本全体に変化を起こすことができます。例えば地域でアクションをした場合、その地域にいる人には大きな影響を与えられますが、それ以外の地域にいる人には影響力が非常に弱くなります。性暴力に関する意識の変化や支援拡大を日本全体として底上げするためは刑法改正が必要でした。

ソーシャルアクションの具体的な方法の前に、刑法性犯罪改正の概要についてお伝えします。6月16日の参議院本会議で改正案が可決、6月23日公布、7月13日施行されました。100年以上ほぼ変わっていない刑法性犯罪は、今回の改正でこのように変わりました。

(1)名称:強姦罪→強制性交等罪に変更

(2)強姦罪の範囲拡大:女性→女性以外 等

(3)強姦罪等の刑期引き上げ:3年以上→5年以上 等

(4)監護権に乗じた性犯罪の創設:監護権を持つ親や施設職員による性犯罪

(5)量刑改定:「強盗してから強姦」と「強姦してから強盗」の量刑7年以上に統一

(6)非親告罪化:告訴がなくても(被害者が訴えなくても)起訴できる

特に(4)監護権に乗じた性犯罪の創設と(6)非親告罪化の2点によって性虐待を受けた子供や被害を訴えることができない被害者の存在が可視化されると期待されます。

ただし、暴行脅迫要件は現状維持されており、加害者からの暴行脅迫があったことが立証できなければ、これまで同様無罪となるなど、課題はまだ残されています

今回の改正では、上記の改正同様、大きな意味を持つ一文が附則に追加されています。それは「状況を踏まえて3年後、今回の改正の見直しを行なう」という内容の一文です。中野さんは、性暴力の実態に沿った見直しをするために、この一文追加は非常に意味のある一文だと述べています。

6.ソーシャルアクションのプロセス

さて、刑法性犯罪改正に向けたアクションはどのように行なわれたのでしょうか。時の松島法務大臣が性犯罪厳罰化について述べたことから、刑法性犯罪が注目されるようになりました。そのタイミングを見逃さず、NPO法人しあわせなみだ他3団体が「刑法性犯罪を変えよう!プロジェクト」(https://www.believe-watashi.com/)を立ち上げ、運動を始めました。具体的には、大学でのグループワーク(性暴力や性行為の「同意」について)、街頭アンケート、ネットでの署名、国会議員へのロビイング、ツイッタ―での拡散などを行なっています。言葉にすると堅苦しく感じますが、一つひとつの活動はとてもユニークで、読みたくなる・学びたくなる・伝えたくなるような内容です。

例えばアンケート。「あなたが性暴力だと思うものはどれですか?」と題し、6つのゆるかわいい漫画が描かれています。ある絵では、「ヤらせないと殺す!」と包丁を突き付ける人と、「う…」と怯える人。この後性行為に至った場合、これは強姦罪に当たるでしょうか?当たらないでしょうか?答えは、日本では「おどされたことを証明できなければ、強姦罪にならない」です。このようにゆるかわいい絵を使うこと・考えさせる形にすることで、ただのアンケートだけでなく、日本の刑法のおかしい点を伝えることができるのです。

(このゆるかわいい絵は必見ですので、是非団体のホームページをご覧ください!)

今回のソーシャルアクションで非常に効果的だと感じたのが、ネットによる署名運動です。街頭署名に比べ人員と時間を大幅に減らしつつ、日本全国の人たちに訴えかけることができる手法です。インターネットにアクセスできない方に向けたアウトリーチは課題だと思いますが、今回のネット署名では3万を超える署名を法務大臣に提出、最終的には5万を超える賛同を得られたそうです。

こうして4団体で協力しながらアンケートや署名を集め、国会議員へのロビイングを続けました。法務委員会に所属している議員を芋づる式に辿り、ついに法務大臣に辿りつき、大臣に直接刑法性犯罪改正を訴えるに至りました。こうしたプロセスを経て100年以上ぶりの刑法性犯罪改正がなされたのです。

7.あなたが実現したい社会はあなたが創る

ここで、私自身の話を少しだけ。冒頭で述べましたように、私は社会福祉士として女性支援の現場で仕事をしています。中野さんの問いかけに対し私は「法律はDV防止法?DV被害者の生活保障のしくみがほしい」と思いました。DV被害者で加害者からの追跡が激しい場合、警察や福祉の保護のもと自宅を離れ、避難することになります。家族や友人との接触も難しくなりますし、子どもは転校になることが多いです。協議離婚できないことが多く調停や裁判離婚のための準備が始まります。被害者は身体的にも精神的にも傷つき、仕事をする意欲があっても、現実的に外に出て仕事を続ける状態ではなくなります。

そんな中でも、新しい生活を始めなければなりません。衣類や食べ物、生活用品を買い貯金は少なくなっていきます。ですので、そういった状況の方々への金銭的支援もしくはフレキシブルな就労支援が必要ではないでしょうか。もちろん、同じ状況でも親族から援助を受けられたり働く力があったりして金銭面が問題にならない方もいます。私の勉強不足で、このような取り組みが既にあるのかもしれません。ですが今回中野さんの講演を聞き、小さいアクションをすることの大切さを知った者として、この場を借りて私の問題意識を皆さんと共有しようと思います。

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