”下流老人”出版が生みだした社会的インパクトについての一考察(後半)【代表:横山】

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前編はこちら → http://social-change-agency.com/archives/2648

前回は、下流老人が生みだした社会的インパクトについて、「1.出版業界からみた「下流老人」ベストセラーの意味」、「2.社会の今を映し出した「下流老人」現象」について述べました。今回は後編として、「3.社会福祉業界が、「下流老人」から享受したもの・次に考えるべきこと」について、下流老人の出版後の社会の反応を、社会福祉業界にひきつけ、業界が享受したものについて考えてみます。

1.ソーシャルワーカーによるソーシャルアクションが生み出す社会的インパクト

ひとつは、ソーシャルワーカーによるソーシャルアクションが社会にインパクトを生み出すことができた、という実例を得た、ということでしょう(インパクトについて、厳密には何かしらの効果指標を用いるべきですが、今回はその話は割愛します)

ソーシャルアクションの定義も社会福祉業界で厳密には統一を得ていませんが、「下流老人」が、高齢者の貧困について、現場から掬い上げられたクライアントの声を広く社会に届けたという意味では、大きな意味がありました。
かつ、下流老人の出版部数の伸び、そして、数多くのマスメディア(マスに限らず)で高齢者の貧困問題が取り上げられる中、インタビュー等で藤田さんは、以下のように『現在の社会保障制度では「高齢者の貧困」という社会的な現象に対応できていない』と再三述べられています。

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「一番の問題は家庭と雇用形態の変化に、制度が対応し切れていない点です。家庭内で支えてくれる人がいない以上、国が社会保障として支援の枠組みを考えないといけません。それが抜け落ちています。」

日経ビジネスオンライン「高齢者の貧困率9割」時代へ老後は誰しも転落の淵を歩くより

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これは、まさにソーシャルワークのミクロからマクロへの展開であり、「自己責任論」に帰結するのではなく、国の責任を問うている、非常にラディカルな態度です。

日本の多くのソーシャルワーカーは、様々な社会保障の制度上に位置付く仕組みの中で実践を行っています。
それゆえ、「あなたは、この制度の対象ではありません」、「うちの機関では対応できないので、他の機関に行ってください」ということを現場でクライアントに対し言うことができます。
それは、言い換えれば、ときに、社会から何かしらの排除を受けてきた人たちに、そのような言葉を向けることで、二重の排除に加担する可能性を、日本のソーシャルワークは有している、とも言えます。
私たちはそのことに自覚的であるべきであると思うとともに、「あなたは、この制度の対象ではありませんので、うちでは対応できません」という態度のその先にあるものを、考えるべきだと思うのです。現実はすぐには変えられませんが、まずは自組織の外で、ソーシャルアクションのプロセスに関わっていく経験、そのような機会を補完的にもっていく必要があると個人的は思っています。

ソーシャルワーカーによるソーシャルアクションが社会にインパクトを生み出すことができる」ということを、一つのケースとして下流老人の出版は、社会福祉業界に示してくれました。下流老人が生みだした社会的インパクトの検証・研究は、社会福祉業界の中で、しっかりと成されるべきだと思います。

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2.社会福祉士を社会的に認知してもらうための広告宣伝効果

これについては、声を大にして言うほどのことでもないとは思いつつ、このような観点からも触れておいたほうがよいと思いましたので、少しだけ触れておきます。

「広告換算」という言葉があります。
広告換算とは各メディアの広告料金をもとに、新聞・雑誌の掲載サイズやTV・ラジオの放送時間を計測し、露出の効果を金額に換算することです。広報・PRの分野において、効果を数値として測定できる手法として古くより使用されています

下流老人出版後、藤田さんらが多くのメディアに取り上げられました。
マスメディア(TV、ラジオ、新聞、フジテレビのとくダネ!や、NHKなどにも取り上げられました)、週刊誌、WEB媒体、講演活動。数十の媒体等で取り上げられています。そして、そこで必ず、冒頭や著者プロフィールで「社会福祉士」と紹介、表記されています。

もし、日本社会福祉士会が「社会福祉士」という言葉をマス広告などを使い、「社会福祉士」という資格の広報宣伝を行おうと考え、「下流老人」並みの広報宣伝効果を生み出したいと考えた時、おそらく、数千万レベル、予算が必要になるのだろうと思います。日本社会福祉士会の毎年の収入は3億ほどですから、もし「下流老人」関連のメディア露出が、億に近い広告価値があったとしたら、日本社会福祉士会の収入の1/3の効果を、「下流老人」が生みだした、といえます。

広告換算という側面からも、今回の下流老人出版後のメディア露出が、非常にインパクトの大きいことであったことがわかります。

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3.「下流老人」現象を踏まえ、社会福祉業界が次に考えるべきこと

最後に、ソーシャルワーカーの技術としてのメディアの活用と、下流老人が可視化し、生みだした流れを社会福祉業界としてどう活かすか、ということについて述べていきます。

メディアの活用は、社会福祉業界においても、そして、現代のソーシャルワーカーたちの技術的側面からも、考察すべき事象だと私は思います。クライアントの声を代弁し、ともにアドボカシー、ソーシャルアクションをおこなうとき、メディアの活用は避けては通れません。いいえ、「メディアを活用しない」というのは、もはや有りえない時代になった、と言っても過言ではないでしょう。
藤田さんは書籍のみではなく、「Yahoo個人」と呼ばれるYahooのオピニオンサイトにもページを持っており、ひとつの記事が100万PV(ページビュー)を超えることもあり、非常に多くの人に、制度等の社会資源の情報を伝えることができています。

【Yahoo個人 藤田孝典】

現場のソーシャルワーカーが、記者などに対し、その現場の現状・問題をレクチャーする、つまりは「記者教育」のようなこともおこなう必要があるでしょうし、現に藤田さんのように、そのようなことを意図的におこなっているソーシャルワーカーの人たちも増えてきているように思います。
マスに限らず、ソーシャルメディアなどが誰でも無料で使えるようになった昨今において、メディアを活用するというのは、ソーシャルワーカーとしてのひとつの技術と言って過言ではないでしょう。おそらく、このことについて社会福祉業界で研究がなされるのは、少し先になるのだろうと思いますが、、、。

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最近、以下の2つのニュースがが話題になりました。

児童福祉司の国家資格化を 厚労省が最終報告書(産経ニュース)

誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現 -新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン-
(厚生労働省ホームページ)

各々についての内容については本稿では述べませんが、ひとつ共通しているのは、
「社会福祉士という資格は、なぜここまで、ないがしろにされているのか?」という疑問です。

皆さんご存知の通り、社会福祉士は厚生労働省のつくった資格です。
であるにもかかわらず、ここまで「ないがしろ」にされてきた現状をみるに、
厚労省の官僚の中で、「社会福祉士は信頼のおけない資格」という認識があることは、
あながち、的を外しているようには思えません。
(生活困窮者自立支援法の相談員も、社会福祉士は要件止まり、でした)

厚労省にとって、『社会福祉士は、自分たちが産んだ子どもだけれども、出来の悪い子どもであり、もはや、期待なぞしていない』
という現状認識であるのだとしたら、資格ができて30年近くが過ぎ、社会福祉士が”中年”に差し掛かった今から、その認識をこれから変えていくのは非常に骨の折れることのように思うのです。

わたしは、いい意味でも悪い意味でも、日本社会福祉士会などの職能団体には「したたかさ」が足りないと常々感じます。
たとえば、下流老人現象後の社会福祉業界において、私が職能団体において権限を持ったポジションにいたならば、「高齢者の貧困」への対応としての「社会保障の拡充」を、職能団体としての国に対する提言の柱に据える方向で動くでしょう
なぜなら、現場のソーシャルワーカーたちは、下流老人の中で取りあげられた例のような人たちに日々出会い、同様の事例をごまんと知っています。それゆえ、例えば、会員と協働した調査研究などのアクションにも結びつけやすく(つまりは、会員である社会福祉士の多くを動員しやすく、社会福祉士会が会員を牽引するためにも”やりやすい”イシューでもある)、なにより、「下流老人」現象により、社会に生きる、声を出さない人たちの漠然とした不安が可視化されたわけですから、社会福祉士の倫理綱領に照らしわせて、「私たちは・・・の専門職であるがゆえ、・・・を国に提言する」ということを、1枚の文書で終わらせるのではなく、会員を巻き込んだアクション化し、それをうまく、”したたかに”社会一般にPRして、より大規模な息の長い、ソーシャルアクションに結びつけていく必要があると思います。

対業界内の社会福祉士に対しては、藤田さんのような、ソーシャルワーク業界内の勢いのある人たちを担ぎ上げ、職能の意義を社会にPRし、そのプロセスを現場のソーシャルワーカーに伝えていくことができるあらゆる回路を用意し、会員を増やすために、広告塔として最大限活用させてもらう方法をとるでしょう。それくらいは容易いキャッシュが日本社会福祉士会にはあると思います。

いくら職能の意義を社会にPRすれども、社会的認知度がどのように変化したかを体感するまでには非常に時間がかかるでしょう。そもそも身内であるはずの「社会福祉士」たちが、職能団体にそっぽを向いている現状を変えていかねば、この資格の社会的位置付けは何も変わっていかないように思います。「職能団体には期待できない。自分も自分のことだけで精一杯。いつか誰かがなんとかしてくれる」という当事者意識の欠如は、個人の問題ではなく、業界全体の問題です。

社会福祉士が職能団体に加入しないのは、期待感をもつことができないからだと私は思います。時流に沿った、骨太かつ、ラディカルなストーリーを職能団体が打ち出し、そのストーリーを重厚なものにするための、登場人物のキャスティングを行うということを、少なくとも現存する4つの職能団体がひとつになり、行っていく。

そのためのヒントが数多く、「下流老人現象」にはありました。
「下流老人」が社会に生みだした現象を、しっかりと読み解き、かつ、社会福祉業界は、それを「したたかに」活用していく必要があると私は考えています。

SCAも、まずは「小さな実験」を可能な限り早く行っていく予定です。