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【連載】『子連れソーシャルワーク留学 IN カナダVOL7-11』二木泉【ソーシャルワークタイムズ掲載記事】

5 1月 , 2016,
SCAスタッフ
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弊法人メールマガジン「ソーシャルワークタイムズ」にて連載中の二木泉さんによる「子連れソーシャルワーク留学 in カナダ」の過去記事を掲載いたします。二木さんは、日本財団国際フェローシップの支援を受け、現在はお子さん2人を連れてカナダのトロント大学大学院にソーシャワークを学ぶため留学中。カナダの文化や社会福祉サービスの現状、そして大学院での学びの共有をしていただいています。最新号を読みたい方はぜひ、ソーシャルワークタイムズ購読をお願いします。


VOL4-6はこちらから!


・「子連れソーシャルワーク留学 in カナダ -学童を探すため図書館へ?- 」

現在、カナダのトロントに2人の子どもと一緒にソーシャルワーク留学をしています。
子どもたちの学校が決まり、次は学童(アフタースクールプログラム)に申し込みをしなければ!というところで、日本のように自治体に申し込むのではなく、自分で探さなければならないことを知りました。いわゆるソーシャルワーク用語で「措置」ではなく「契約」ですね。(カナダでは保育園も契約なので自分で探さなければなりません。)

学校に設置されている学童は非常に少なく、アフタースクールプログラムを行っている団体を探して申し込みをします。学校によっては学童が設置されている所もあるのですが、子どもたちの通う学校の場合、小さい子が対象で、おまけに今は定員いっぱいとのこと。

この時点で学校が始まる数日前。アフタースクールは地域にいくつかあるらしい…と噂で聞いていたのですが、「土地勘もなくどうやって探せば良いの?市役所と学校がダメなら誰に相談したら良いの?もう来週から(私の)学校が始まるのに!」と焦っていました。

そこで私が訪ねた場所は、家から歩いてすぐの図書館。実はトロントには図書館が沢山あります。図書館がコミュティセンターの役割も果たしていて、歩いて行ける場所にあるのです。地域の情報を提供していて、カナダに来たばかりの移民や外国人の相談にのってくれる専門のスタッフがいる図書館もあるのです。
図書館には本や雑誌だけでなく、インターネットが出来るPCがたくさんあるので、地域の人が集う場になっています。本は一回に50冊まで借りられます。日本語の本やDVDも多少あるんですよ。

さて、図書館のスタッフに地域のアフタースクールプログラムをいくつか紹介してもらい、その足で直接訪問しました。「定員一杯だったらどうしよう…」という不安をよそに、すぐに登録することが出来ました。(理由は後述しますが、定員という概念はほとんどないことが後から分かりました)。

カナダの学校は、10歳くらいまで送り迎えが必要なのですが、クラブのスタッフが放課後にお迎えに行ってくれ、まとめてクラブまで連れて行ってくれることになっています。いよいよ利用初日…、のはずがトラブル発生!
16時頃に学校から電話があり、子どもたちがずっと学校で待っているから、今すぐお迎えに来てください、とのこと。クラブに行っているはずでは…?と焦りながらお迎えに行ました。その後の子どもたちの話によると、誰がクラブのお迎えの人か分からないうちに、みんな行ってしまった、とのこと。そうですよね。初日ですし、英語も話せませんし…。
「でも、登録している子どもを、おいていくなんてひどいじゃない?!」と、勇み足でクラブに事情を聞に行ました。

すると、「子どもたちは登録しているだけで、事前に出欠は取らない。お迎えの場にいなかったらそのまま行ます」とのこと。なるほど、これを聞いてピンとました!これは「学童」ではなくて、日本でも導入が進んでいる「放課後クラブ」のような感覚ですね。

日本の学童保育は、親が働いている人のみ入ることがでます。定員があるので、待機児童がいる場合もあります。週間予定表を提出し、お休みの場合は事前に連絡。もし子どもたちが来ていなければ、親に学童から連絡が来ます。一方、放課後クラブは、学童とは違い、学校に通う児童全員を対象にしており、クラブに来たい日や必要な日に来る、というものです。我が家で利用しているクラブは、その真ん中くらいの感覚でしょうか。

そんなことを感じながら、改めて子どもたちが英語が話せないこと、基本的には毎日利用するのでお迎えをしてほしいことなどをお伝えしたのでした。

なお、子どもたちの通うクラブは、おやつも提供されて年間5000円ほど。日本の学童では、月額利用料が約4,500円+おやつ代約1,200円だったので(自治体ごとに異なります)かなり安いです。
なぜこれほど安いのでしょうか?

ソーシャルワーク・タイムズ vol59 2015.3.1


 

 

・「子連れソーシャルワーク留学 in カナダ–民営化が進む国–」


日本は春らしい日が増えてたのではないでしょうか。今回、カナダに来て初めての冬でしたが、水道管が凍ってしまい、2週間ほどお風呂場のお湯が出ないというトラブルに見舞われました(泣)。幸い台所からはお湯が出たので、お鍋でお湯を沸かしたりして、行水をするという非日常感を子どもたちと楽しみました(が実際はとっても面倒でした…)。その氷も解け、また快適な入浴タイムを楽しんでいる今日この頃です。

さて現在、留学中のカナダでは約30年ほど前から福祉サービスの民営化が進んでいると言われています。今では子ども関係、高齢者、障がいなど福祉に関わるサービスのほぼすべてが民営化されています。それらは政府や州からの委託金、補助金や助成金、また企業や個人の寄付、そして事業収入で運営されています。

例えば、オンタリオ州で虐待への介入や里親制度の運用など児童相談所の役割を担うChildren’s Aid Society(CAS)も民間組織です(職員はトロント市だけで850人くらい)。ほぼ100%政府と州のお金で運営され、公的な仕事を担っています。我が家の子どもたちの通うアフタースクールクラブはトロント市内で4カ所の児童とユース向けのセンターを運営していますが、その収入の内訳は政府や州の補助金が約40%、民間の助成金約11%、個人と企業からの寄付約11%、基金からの拠出約10%、利用料金が約6%などだそうです。日本では学童の運営費のうち、保護者が支払う保育料の内訳が約60%なので、カナダのアフタースクールクラブの利用料が年間約5,000円(日本では月5000円くらい)と安いのにもうなづけます。


福祉サービスの民営化は、政府や自治体の財政面をカットでるという点で、カナダを始め様々な国で推し進められてました。民営化をすることにより組織間の競争原理が働くため、より柔軟で独自性があり、質の高いサービスが提供でるなどの利点があるとも言われます。

しかし落とし穴もあります。カナダでは近年の政権の方針で、福祉サービスへの財政カットが起こっています。政府や州からの補助金が減らされ、事業を存続するのに苦労している団体が増加しているのです。実際に事業を中止したり、お給料のカットやスタッフのリストラをせざるを得ない状況もあります。特に若い世代には、非正規職員や短期雇用(プロジェクトの補助金が出る数ヶ月や数年間の契約)が増えているのです。

カナダでは非営利組織に対して、民間企業や財団からの助成金や寄付も盛んです。しかし獲得競争が激しいだけでなく、獲得後も使える費目が厳密に決まっていたり、使えない費目があったりして、組織としては使いにくいのが正直なところです(日本もどんどんこうなりつつあります)。さらに近年では、助成したプロジェクトに対し、短期的で目に見える成果が求められる傾向にあるそうです。担当者は細かく指定された報告書を作成しなければならず、事務的な仕事が増えてサービスに割ける時間が減ってしまうという声も聞ます。最近では、助成金や寄付などの資金集めを代理で行う会社もあるんだとか。

日本でも保育園や学童、高齢者施設などの福祉サービスがどんどん民営化されてていますし、これからも民営化は進むでしょう。しかし、例えば特養では、近年補助金や建設費への交付金が減り、事業者負担がより大くなっています。そのため都道府県の半数以上で事業者の応募がないために、特養の建設が中止や延期になった経験があるというュースを見ました。一方で、入所待ちの人数は常に数百人。こういった現実を目の当たりにした時、どこまでが国や自治体の責任で、どこからが事業者の責任なのでしょうか。そして市民には責任はないのでしょうか。



たとえ私がソーシャルワーカーとして民営化に反対しても、この大な流れに逆らうのは難しいかもしれません。しかし、民営化の利点と欠点を見極め、どのような社会で、な流れ中に自分とクライアントが立たされているのか、状況がどのように変化してたのか、これからどう変化していくのか、そして、ソーシャルワーカーとしてクライアントに何を提供すべであり、実際には何がでるのかについて改めて考える必要があるのではないかと感じています。


私は「個人的なことは社会的なこと」であると考えています。そして、ソーシャルワーカーは個人と社会をつなぐ大切な役割を持っていると思っています。日々クライアントに接していて現実を知っているソーシャルワーカーだからこそ、社会に対し実感を伴う言葉を伝えることがでるのではないかと思います。日々の実践の中で感じている皆さんの声を、私も聞たいと思っています。

 

ソーシャルワーク・タイムズ vol60 2015.3.8


 

 

・「子連れソーシャルワーク留学 in カナダ–ストに出会って考えたこと(1)葛藤を抱える当事者たち」

3月も半ばを過ぎ、トロントも暖かくなってました。雪もとけそれと共に人々の表情もとても明るくなりました。お天気って大切ですね。

さて、今日から数回、私が現在、在学中のトロント大学行われているストライキについてお伝えします。カナダではストライキがよく行われるそうです。地下鉄やバスを運営している会社や、ゴミ収集の業者がストをしたこともあるそうです。皆さんは「スト」と聞くとどのようなことを思い浮かべますか?

2月の末からトロント大学では、TA(ティーチングアシスタント)が加入する組合の一部のグループ(組合員数6000人)がストライキを行っています。”アシスタント”と言っても、一部の講義を担当し、学生のディスカッションをリードし、採点もするという大学運営には欠かせない存在です。
そのTAを組織する組合は、賃金と奨学金から学費を引いた支給額(パッケージ)の増額を求めて大学側と協議してました。しかし合意に至らず今回、ストライキに突入しました。3月の始めからは連日、建物の外でピケをはり、学生や大学関係者にピケットライン(監視線)を越えない(大学構内に入らない)ように訴えています。しかし学生は普段通り授業があり、大学側からも、そして組合側からも、普段通り授業に出ることが求められているものの、TAの立場を支持する学生は、授業に出るか、出ないかの決断を迫られることになりました。

私はこれまで、日本でストに出会うことはほとんどありませんでした。時々、利用していたバス会社がストの予告をしていたことはあったものの、実際には交渉は合意に至り、ストは回避されていたようでした。バスがストをしたらもちろん困りますが、迷わず違う方法で行くしかありません。(その時には「迷惑だな」と思わず、労働者を支持する立場でいよう…と以前から考えていました。)しかし、まさか今回、自分が何らかの決断を迫られる立場に立たされることになるとは…

私自身は、雇用や賃金の安定は生活に直結しており、貧困の問題は福祉に関わる者が積極的に考え行動していくべ中心的なテーマの一つであると考えています。また、日本の大学で何年もTAをしていたり、非常勤でいくつもの仕事を掛け持ちしていたこともあり、非常勤雇用の不安定さが身を持って分かります。以前、日本で勤務していた大学でTAの労働条件が大く変更された時には「不利だな」、「おかしいな」と思いながらも行動に移したことはありませんでした。そんな経験があるため、基本的にはTAの組合を支持する立場にいます。しかし今回、私は(組合側からも言われていた通り)学生として授業に出る、という選択を取りました。

今回のストで、学生は大な葛藤を抱えることになりました。ソーシャルワーカー(にこれからなる身)として、組合の主張を支持したい。でも学びの機会も失いたくない、学費も無駄にしたくない、と。また学生の間だけでなく、組合員であるTA自身も学生の学びの機会を奪っているのではないかと葛藤を抱えていているそうです。今回、ストを通じて労働者の権利、学生の権利、働くこと、学ぶこと、そして大学そのものと経営について考える機会となりました。日本でこのようなトピックを真剣に考える機会がどのくらいあっただろうかと感じました。
いずれにしても、今回のストで、学生やTAはストが長引くにつれて葛藤やストレスが大くなっていったのです。(次号に続く)

 

ソーシャルワークタイムズ vol62 2015.3.22


 

・「子連れソーシャルワーク留学 in カナダ–ストに出会って考えたこと(2)学ぶことの意味と権利」

先週よりトロント大学で2月末からTA(ティーチングアシスタント)がストライキを行っていることをご紹介しています。

建物の外では1ヶ月に渡りピケが張られており、地元では大ュースとして取り上げられています。TAが不在のことで、授業にも混乱が生じ始めています。組合側と大学側の双方の主張がビラやュース等で伝えられ、ストに反対する学生と支持する学生との間で対立関係が生まれはじめています。学生の中には、建物の中に入る必要があるのにその度に抱える罪悪感、学校に対し母校の誇りを汚されたと感じる、何もでない自分に対する無力感、一連の混乱に対する怒り、勉強に身が入らないなど精神的な影響が出る人も出てています。

トロント大学のソーシャルワークの大学院は一学年が120人と多く、5~6人の教員がチームになって講義をするティームティーチングを実施しています。教員5人のうち3人がTAという授業では、組合員であるTAはストライキ中は仕事をしてはならないとされているため、2人の教授が120人の学生に対応しています。
先日の授業では、ピケットライン(ピケをはっている監視線)を越えないという選択をした学生は講義を休んだため、普段の2/3くらいの出席率でした。2人の教授も授業に来ないと決めた学生に対して協力的で、講義を録音し掲示板に投稿したり、課題はオンラインで提出することを可能にするなど、欠席してもなるべく不利益を被ることのないよう配慮をするとのことでした。

前半の講義が終わり教室移動の際、TAが廊下でサインを持ちながら座り込みを行っているのに遭遇しました。私を含め学生はこれを見て大なショックを受けました。学生の多くはTAの組合の主張を支持していますが、授業に出たことでTAの主張を支持していない「スト破り」と批判されていると感じたからです。「組合からも授業に出るように言われているのに?」と混乱してしまった学生も多くいたようです。TAによくよく聞いてみると、貧困等を研究テーマとしている当該授業の教員に対するアピールだったとのこと。教員は大学の運営側とされているからです。(ただし、後で聞いたところによると、組合員が大学内部で座り込みを行うことは、ストライキ中の行為として禁止されているとのことでした。)

TA側は今回のストで何を主張しているのでしょうか。こちらのTAは一部の講義や採点などを担当し、大学運営に欠かせないものですが、大学院生は「大学の知的財産であり、学ぶことで大学に貢献している」という考え方が大く影響しています。日本では大学院生は学費を払って「学ばせてもらう」存在ですが、こちらでは博士課程の学生になると、学費はほとんど払わず、むしろ奨学金の支払い額が多い学校に進学することが多いのです。このように博士課程の学生は、一定の教育活動(労働)を行うことで、学費が差し引かれた額の労働対価および奨学金が支払われます。それは人によって異なりますが、概ね1.5万ドル(135万円)以上であると言われます(学校側の発表では1.5万ドルから4万ドル)。しかしこれらの金額が相対的貧困率の貧困ラインを下回っているというのがTA側の主張です(カナダのオンタリオ州の給与平均は約7.5万ドル(日本円で約670万円)、貧困ラインは約2万ドル(日本円で約180万)です)。

日本人の感覚としては、博士課程であっても、学生の間に学費が差し引かれた上で、これだけの金額が支給されるなんて!とびっくりしてしまいますが、カナダでは、大学院生特に博士課程の学生は大学の教育を担い、大学の研究にも大く寄与している存在として考えられ、当然の権利とされているようです。大学院で学ぶという意味合いが日本とはかなり違っているのです。

なお、オンタリオ州のお隣のケベック州では70年代に大学教育を無料にしようという動があり、現在でも、学部生を含む学生に学費や学校運営に関与する権利が与えられています。そのため3年に一度は、学生がストライキを行い、学費もオンタリオ州の約半額に抑えられています。

「権利」の意識は国民性によってかなり違うことを実感しました。カナダでは色々な組織でストライキが行われます。皆さんは、自分の「権利」にどのくらい敏感で、どのくらい主張をしますか。

私が今回のストライキに直面して考えさせられたことに、集団の暴力性と少数の声の排除があります。これについては次回お伝えしたいと思います。


ソーシャルワーク・タイムズ vol63 2015.3.29


 

・「子連れソーシャルワーク留学 in カナダ-ストに出会って考えたこと(3)集団の暴力性と排除」


トロント大学は9月始まりの3学期制で、今週は2学期最後の週。私も2学期目を無事に終えることがでkました。さて、過去2回に渡りトロント大学のTAが行っているストライキについてお伝えしてましたが、ついに学期末の今週、組合と大学の合意に至り、約1ヶ月に渡るストに終止符が打たれました。

ストにおける主張は、当然ですが立場により賛否が分かれます。今回のストでTAが主張している年間総支給額(奨学金と教育に関わる対価から学費が引かれた額で1.5万ドル~=日本円にすると約135万円~)をもって、貧困ライン(2万ドル=日本円で約180万)の下にあるということは妥当でないのでは、という意見もあります。また組合の主張は認めるものの、それが自分たちの払う学費になって跳ね返ってくることに反対する学部生も多くいます。

今回のストには、組合員当事者の中にも様々な意見がありました。しかし組合の中心メンバー(白人のカナダ人男性が多い)の声が大く、意見も通りやすいため、一部の声の排除が起っていたようにも見えました。組合の中心メンバーの人種構成が、白人カナダ人男性に多いことは、大学院生全体の人種構成を鑑みると、とても不自然なことです。このことは、社会の中で安定しており、いわゆる「特権」を持つ人たちが、集団の中で発言力を持ちやすいという構造的な理由が関係していると考えられます。


反対に例えば、今回のストライキでTA当事者となった留学生は、とても不安定で発言しにくい立場に立たされることになりました。留学生は学生ビザで滞在していますが、ビザの更新には大学側から発行される学籍が必要となります。もし学校に不都合なことをしたとみなされて、身分が学生でなくなれば、カナダに滞在でなくなる可能性もあるのです。このように国に「滞在させてもらっている」留学生は、学費はカナダ人と比べて約2倍。奨学金やTAの対価も当然の権利ではなく、特別に「いただいている」ものであるという感覚に陥ります。留学生を含むTAは全員、組合に所属する仕組みなので、ストライキにも参加を求められていますが、留学生は大学側に主張がしにくい立場にいるだけでなく、ストライキ中にトラブルに巻込まれ、最悪の場合「強制送還」されるリスクなどにもさらされています。


さらに、ストが始まってから組合内部の暴力性が増しているのではないか、という指摘もありました。私自身、日を追うごとに、ピケでの声が大くなっているのを感じましたし、組合内部の発言内容や言葉が激しくなっているという指摘もありました。通行人や学生の中には、沢山の人が集団で大な声で叫ぶことに対して怖いと感じる人もいたように思います。


今回、私がストに直面し感じたのは、ストライキは労働者の権利であり時に有効な手段ですが、そこで引裂かれる思いになる人も多く存在すること、そしてそれが新たな分断につながる可能性があるということです。組合を含めて集団では、メンバーの感情が高ぶることで周囲が見えなくなる可能性があり、少数の声が排除されるなど、常に暴力性がつまとうことを感じました。これは社会全体でも言えることだと考えています。


近年「多様性のある社会をつくる」と様々なところで聞かれます。この場合の多様性とは何でしょうか。そこでは、少数の声の排除が起っていないでしょうか。自分の主張に対し、声をあげないことを自己責任と考える人もいるかもしれません。しかし社会的に弱い立場の人、傷ついた人が声をあげることはリスクもあり、とても難しいことです。このような場合、どうすれば一律の価値観を押し付けることなく、様々な立場の人の声を反映した、本当の多様性のある社会が作れるのでしょうか。


カナダではAOP(アンチ・オプレッシブ・プラクティス)という福祉の考え方が浸透してています。日本語に訳すと「抑圧に対抗する実践」となります。「多様性」という言葉では対抗でない、むしろか消されて見えなくされてしまう、少数の存在に焦点をあて、その人々が受けている社会的、経済的、文化的など様々な抑圧に対して積極的に対抗していくという実践です。これは、必ずしも弱い立場に置かれた人の代弁者になるのではなく、当事者が声をあげやすいような環境を整え、力づけることで、当事者が主体となって動いていくというものでもあります。

社会を変えるには、大な声で主張することは必要です。しかし同時に今回の件を通して、集団の暴力性と抑圧性、そして弱い立場の者が声をあげることの困難とリスクに敏感になっていたい改めて思いました。様々な人の利害が対立し、それが簡単に解決することがでないとそこに葛藤が生まれます。もしそこで何らかの違和感を感じたならば、そのことについて考え続けることが大切なのではないかと、今は感じています。これまで見えなかったことに気付くっかけとなるかもしれません

さて、ストライキと学期が無事に終わり、ホッとしていますが、4月の末からはいよいよ3ヶ月に渡る実習が始まります。私は移民や生活保護の方々の就労支援を行っている非営利団体に行く予定です(もちろんすべて英語なので不安です…)。こちらについても、今後レポートでればと思っています。


ソーシャルワークタイムズ vol64 2015.4.5

 

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名前:泉(にいずみ)
ライタープロフィール:
国際基督教大学卒業後、民間企業にて勤務。大学院修士課程修了後、
介護福祉士として認知症専門デイサービス、訪問介護、女性を支援するNPO
の事務局、専門学校講師などに従事。介護職や支援者への支えが必要なことを
感じ、日本財団国際フェローシップの支援を受け、現在は子ども2人を連れて
カナダのトロント大学大学院にソーシャルワークを学ぶため留学中
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